リーマントラベラー 〜働きながら世界一周〜

東松 寛文|1987年岐阜県生まれ。平日は広告代理店で働くかたわら、週末で世界中を旅する『リーマントラベラー』。日本にいる時はトランジット期間。89か国222都市に渡航。2016年、3ヶ月で世界一周を達成。『地球の歩き方』から旅のプロに選ばれる。メディア出演多数。著書『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』ほか

世界遺産に刻まれた30年前の紛争の記憶🇧🇦

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16世紀オスマン帝国時代から栄え、世界遺産にも「旧市街の古い橋の地区」として登録されているボスニア・ヘルツェゴビナのモスタル。その街を歩くと、いたるところに1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の爪痕が、今もなお色濃く残っているに気づきます。

 

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1992〜95年にボスニア・ヘルツェゴビナ全土で発生した紛争では、死者20万人以上、難民・避難民は200万人以上。第2次世界大戦後のヨーロッパで起きた最悪の大量虐殺と言われます。


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上記2枚の写真は通称"スナイパータワー"。紛争当時、とても見晴らしの良い銀行の建物だったので、スナイパーの拠点として使用され、今では廃墟となっている場所。


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他にも、銃痕が刻まれた民家の壁や塀、窓ガラスが割れたままの建物など、今年2025年は終戦からちょうど30年の年で、街は観光地として整備されつつも、街の随所に消えない記憶が存在。世界遺産の象徴であるスタリ・モスト(古い橋)もその紛争で破壊され、のちに再建されたものです。
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隣国クロアチアのビーチリゾートで見た豊かさとは真逆の光景を含め、この世界遺産の街で目にする景色は、単なる観光以上の意味を感じるもので、とても考えさせられる旅でした。(行けてよかったです)


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※日本ではまだメジャーな観光地ではないモスタルですが、欧米の方はたくさん観光で来ていました。(アジア系の方はほぼ見かけませんでした)なお、ボスニア・ヘルツェゴビナは日本のパスポートはビザなしで入国可能です。

 


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